「我らが時代の子」（The Child of Our Time）は、イギリスの作曲家マイケル・ティペット（Michael Tippett）が1939年から1941年にかけて作曲したオラトリオです。ティペットの代表作であり、第二次世界大戦中に生まれたこの作品は、戦争、迫害、そして人間の苦悩に対する深い洞察と希望のメッセージが込められています。作品は特に、第二次世界大戦直前に起きたナチス・ドイツの「水晶の夜」（Kristallnacht）に触発されており、人種や宗教に基づく迫害をテーマにしています。
楽曲の背景
「我らが時代の子」は、ユダヤ人の青年ヘルシェル・グリュンシュパンが、ドイツ政府への抗議としてパリでナチスの外交官を射殺し、これがドイツ国内でのユダヤ人に対する大規模な暴力事件「水晶の夜」の引き金となった史実に基づいています。この事件に触発されたティペットは、人種差別、暴力、そして人間の罪と赦しをテーマに、オラトリオ形式でこの物語を描きました。
構成と特徴
このオラトリオは、3部構成で、合唱、独唱（ソプラノ、アルト、テノール、バス）、オーケストラで演奏されます。バッハの受難曲などから影響を受けながら、ゴスペルや黒人霊歌（Spirituals）を重要な場面に取り入れることで、民族的な苦悩と希望の表現がされているのが特徴です。
各部分の概要
第1部 – 社会と人間の不安と混乱が描かれ、抑圧された人々の痛みと不安が提示されます。
第2部 – 主人公が迫害に直面し、罪と自己との葛藤が描かれます。
第3部 – 最後には赦しと救済のテーマが示され、苦しみを超えた希望と癒しへの道が探求されます。
各部の合間には黒人霊歌が挿入され、「深い河（Deep River）」「時には母のない子のように（Sometimes I Feel Like a Motherless Child）」など、苦しみを訴え、希望を求める魂の叫びが作品全体を貫いています。ティペットは霊歌を讃美歌のように用い、バッハのコラールと同様に聴衆に強い印象を与えています。
意義と影響
「我らが時代の子」は、戦争による被害者たちへの共感と、全人類に対する愛と希望のメッセージが込められた作品として、音楽史において高く評価されています。ティペットの音楽的な革新や人間愛に基づく視点により、オラトリオの伝統に新しい命を吹き込んだ作品であり、現代でも平和を訴える作品として頻繁に演奏されています。
